小酒井 不木

三つの痣

一

法医学者B氏は語る。

私のこの左の頬にある痣の由来を話せというのですか。御話し致しましょう。いかにもあなたの推定されたとおり、生れつきに出来た痣ではなくて、後天的に、いわば人工的に作られたものです。これはある男の暴力によって作られたものですが、皮下出血のために、この通り黒みがかったものとなりました。もう三年になりますけれど、少しも薄らいで行きません。なに蝙蝠の形に似て居ますって? 私の名は「安」ではありませんよ。玄冶店の妾宅に比べるとちとこの法医学教室は殺風景過ぎます。

余談はさて措き、この痣の由来を物語るには、どういう動機で私が法医学を専攻するようになったかということから御話ししなければなりません。然し、その動機を御話しするとなると、自然、私の弱点をも御話しせねばなりませんが、一旦御話しすると申しあげた以上、思い切って言うことにします。一口にいえば、私が法医学を選んだのは、私のサヂズム的な心を満足せしめる為だったのです。おや、そんなに眼をまるくしないでもよろしい。別にあなたを斬りも殴りも致しませんから御安心なさい。サヂズムは程度の差こそあれ誰にでもあるものです。自分で言うのは当にならぬかも知れませんが、私のは常人よりも少し強いくらいのものでした。而もこの痣を拵らえてからは、不思議にも私のサヂズムは薄らいで行きました。

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