堀 辰雄
雪の上の足跡
主 やあ、どこへ行ったかと思ったら、雪だらけになって帰って来たね。
学生 林の中を歩いて来ました。雑木林の中なぞは随分雪が深いのですね。どうかすると、腰のあたりまで雪の中に埋まってしまいます。獣の足跡が一めんについているので、そんな上なら大丈夫かとおもって、足を踏みこむと、その下が藪になっていたりして、飛んだ目に逢ったりしました。
主 君と、兎なんぞが一しょになるものかね。それに、もういくぶん春めいて来ているから、凍雪もゆるんで来ているのだろう。だが、そうやって雪の中が歩けてきたら、さぞ好い気もちだろうなあ。
学生 ええ、実に愉快でした。歩きながら、立原道造さんの詩にも、こうやって林の中をひとりで歩きながら、深い雪の底に夏の日に咲いていた花がそのまま隠れているような気がしたり、蝶の飛んでいる幻を見たりするような詩があったのを思い出しました。