平林 初之輔

探偵小説壇の諸傾向

一

『カラマーゾフ兄弟』のような小説を読むと、誰でも少なくも二日や三日は、作品の世界からぬけきれないで、平凡極まる自分の生活がいやになるに相違ない。ロシアの近代思想を縦横に解剖してゆく検事の論告に読みふけっている最中に、「どうだい近頃は」というような、この上ないコンベンショナル〔型にはまった〕な話しかたをしかけるものがあったら、その瞬間には、相手の男がどんなに大学者であっても、まるで煉瓦のように無知な人間と映ずるに相違ない。

いわんやそれを読んだ人が不幸にして、小説家であった場合には、どんなに身の程を知らぬ人が、どれ程きびしい督促を受けている場合にでも、二日や三日はペンをとる勇気を失うだろうと思う。「自分の書こうと思っていたことをみんな書いてしまわれた」という気がするに相違ない。自分をかえりみると、ごみのように不必要な、理由の薄弱な存在と映ずるに相違ない。

ビーストンを読んでペンが萎縮する人は、ひとり甲賀三郎氏ばかりでなく、これは、多少発達した感性をもった(少なくも探偵小説を書いてみようと思う程度に発達した感性をもった)すべての生物に共通の現象であろうと私は考える。

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