石川 啄木
新しい歌の味ひ
人聲の耳にし入らば、このゆふべ、
涙あふれむ、――
もの言ふなかれ。(哀果)
「妻よ、子よ、また我が老いたる母よ、どうか物を言はないで呉れ、成るべく俺の方を見ないやうにして呉れ、俺はお前達に對して怒つてるのぢやない、いや、誰に對しても怒つてなぞゐない。だが今は、何とか言葉でもかけられると、直ぐもうそれを切掛けに泣き出しさうな氣持なのだ。さうでなければ、また何日かのやうに、何の事もないのに酷く邪慳な事を爲出して、お前達を泣かせなくてはならんやうになりさうなのだ。どうか默つて俺には構はずにゐて呉れ、一寸の間――この食事を濟まして俺が書齋に逃げ込んでしまふまでの間で可いから。」