石川 啄木
我が最近の興味
ヴオルガ河岸のサラトフといふ處で、汽船アレクサンダア二世號が出帆しようとしてゐた時の事だ。客は恐ろしく込んでゐた。一二等の切符はすつかり賣切れて了つて、三等室にも林檎一つ落とす程の隙が無く、客は皆重なり合ふやうにして坐つた。汽笛の鳴つてからであつたが、船の副長があわたゞしく三等客の中を推し分けて來て、今しがた金を盜まれたと言つて訴へた一人の百姓の傍に立つた。
『ああ旦那、金はもう見つかりましただあよ。』と彼は言つた。
『何處に有つた?』
『其處にゐる軍人の外套からだに。私いさうだんべと思つて探したら、慥かにはあ四十一留と二十哥ありましただあ。』言ひながら百姓は、分捕品でゝも有るかのやうに羚羊の皮の財布を振り※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)した。