堀 辰雄

不器用な天使

1

カフエ・シヤノアルは客で一ぱいだ。硝子戸を押して中へ入つても僕は友人たちをすぐ見つけることが出來ない。僕はすこし立止つてゐる。ジヤズが僕の感覺の上に生まの肉を投げつける。その時、僕の眼に笑つてゐる女の顏がうつる。僕はそれを見にくさうに見つめる。するとその女は白い手をあげる。その手の下に、僕はやつと僕の友人たちを發見する。僕はその方に近よつて行く。そしてその女とすれちがふ時、彼女と僕の二つの視線はぶつかり合はずに交錯する。

そこに一つのテイブルの周りを、三人の青年がオオケストラをうるささうに默りながら、取りまいてゐる。彼等は僕を見ても眼でちよつと合圖をするだけである。そのテイブルの上には煙りの中にウイスキイのグラスが冷く光つてゐる。僕はそこに坐りながら彼等の沈默に加はる。

僕は毎晩、彼等と此處で落ち合つてゐた。

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