種田 山頭火
夜長ノート
小春日和のうららかさ。のんびりとした気持になって山の色彩を眺める。赤い葉、黄色い葉、青い葉、薄黒い葉――紅黄青褐とりどりのうつくしさ。自然が秋に与えた傑作をしみじみ味わうたのしさ。いつしか、うっとりとして夢みごころになる。自然の無関心な心、秋の透徹した気、午後三時頃の温かい光線が衰弱した神経の端々まで沁みわたって、最う社会もない、家庭もない――自分自身さえもなくなろうとする。
けたたましい百舌鳥の声にふっと四方の平静が破れる。うつくしい夢幻境が消えて、いかめしい現実境が来る、見ると、傍に老祖母がうとうとと睡っている。青黒い顔色、白茶けた頭髪、窪んだ眼、少し開いた口、細堅い手足――枯木のような骨を石塊のような肉で包んだ、古びた、自然の断片――ああ、それは私を最も愛してくれる、そして私の最も愛する老祖母ではないか。
老祖母の膝にもたれて『白』と呼び慣れている純白な猫が睡っている。よほどよく睡っていると見えて、手も足も投げ出して長くなれるだけ長くなっている。かすかな鼾の声さえ聞える。
その猫の尻尾に所謂『秋蠅』が一匹とまっている。じっとして動かない。翅の色も脚の色もどす黒く陰気くさい。衰残の気色がありありと見える。