堀 辰雄

「絵本」

もう十數年前のことである。小林秀雄と永井龍男とがはじめて出合つた時の話である。

小林が先づ永井に「君は志賀直哉を讀むか?」と聞いた。「うん、好きだ」と永井は即座に答へた。「ぢや、佐藤春夫はどうだ?」と小林が再び聞いた。「ああいふのも好きだ」と永井は答へた。そのとき永井はいくらか微笑を浮かべはしなかつたかと私は想像する。それから二人は大いに意氣相投じたさうである。

こんど四季社から刊行された永井龍男の短篇集「繪本」の卷末には、その頃の永井の習作が二つばかり載つてゐるが、それを讀んで、私は永井から聞いた話を何氣なしに思ひ出した。

※(アステリズム、1-12-94)

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