堀 辰雄
「貝の穴に河童がゐる」
僕は讀んでゐるうちに何かしら氣味惡くなつてくるやうな作品が好きだ。そんな作品はめつたにあるものではないが。――
去年のいま頃である。
僕は「古東多万」第一號に載つた泉鏡花の「貝の穴に河童がゐる」と云ふ短篇を讀みながら、どうも氣味惡くなつて來てしかたがなかつた。
こんな筆にまかせて書いたやうな、奔放な、しかも古怪な感じのする作品は、あまりこれまで讀んだことがない。かう云ふ味の作品こそ到底外國文學には見られない、日本文學獨特のものであり、しかもそれさへ上田秋成の「春雨物語」を除いては他にちよつと類がないのではないかと思へる。