泉 鏡花
清心庵
一
米と塩とは尼君が市に出で行きたまうとて、庵に残したまいたれば、摩耶も予も餓うることなかるべし。もとより山中の孤家なり。甘きものも酢きものも摩耶は欲しからずという、予もまた同じきなり。
柄長く椎の葉ばかりなる、小き鎌を腰にしつ。籠をば糸つけて肩に懸け、袷短に草履穿きたり。かくてわれ庵を出でしは、午の時過ぐる比なりき。
麓に遠き市人は東雲よりするもあり。まだ夜明けざるに来るあり。芝茸、松茸、しめじ、松露など、小笹の蔭、芝の中、雑木の奥、谷間に、いと多き山なれど、狩る人の数もまた多し。