大町 桂月
宗吾霊堂
西の琴平、東の成田不動、汽車をひかへて、參詣者年に數十百萬の多きに及ぶ、迷信の絶えぬ世なる哉。天慶の亂、寛朝、成田に不動尊をもち來りて、平將門を調伏せりとて、貞盛、秀郷の功を奪ひ、もち歸らむとするに、重くなりて動かずと欺きて、勅命を博して寺を建つ。道譽もと愚鈍なりしも、こゝに參籠持念して、大智の人となりたりなどと、有難みを付けて、靈驗今に顯著也。神佛の御利益、無しと思へば無し、有りと思へば有り。好運を得れば御利益と有難がり、得ざれば信心が足らぬと諦め、死ぬべき處を、御利益のおかげにて怪我ですみたりと自から慰めて、げに神佛の徳は、廣大無邊也。鰯の頭を拜するも、佛像を拜するも、進んで主義を奉ずるも、己れを信ずるも、つまる處は、安心を得て、活動力を増すに外ならず。道學先生よりは、稻荷の穴の狐の方が、ひろく世を益し、今の世の自稱神佛の輩よりは、成田不動が更に大いに人を救ふ也。
東京より成田に赴かむには、上野よりしてもよく、兩國橋よりしてもよし。兩國橋驛を午前七時に發すれば、千葉、佐倉を經て、九時三十分に着し、上野驛を午前七時二十分に發すれば、千住、我孫子、安食を經て、九時二十分に着す。賃錢はいづれも、三等が七十二錢、宗吾靈堂へまはるも、らくに、日がへりが出來る也。
成田停車場は、成田の町の南端に在り。汽車を下りて北に、旅店酒樓の間を往くこと七八町、坂を下れば更に丘陵ありて、不動堂之に據る。石橋をわたれば、石路通ず。左に新勝寺の本坊あり、右に三佛堂あり。石段を上れば、仁王門あり。巖石峨々たるの處、瀑かゝり、池あり。橋をわたり、石段を上りて、不動堂に達す。右に三重塔あり。堂の後ろも、巖石峨