原 民喜
コレラ
コレラが流行り出した。コレラはもう四五町先までやって来た。胃腸の弱い彼はすっかり神経を鋭らせた。買はないと云ふのに魚屋は毎日勝手口からやって来て、お宅の井戸は、と賞めながら勝手に水を飲む。用事もない奴等が出入りする度に彼は冷々した。到頭、我慢がならないので、
コレラ流行につき無用の者出入りすべからず
と一筆貼り出した。
すると翌朝、巡査と医者がやって来た。「御宅に病人があるさうですが……」と二人は彼がまだ寝てゐるところへどかどか侵入して来た。「患者と云ふのはあなたですな。」と医者は彼を一目で判断した。