原 民喜

恐怖教育

薇仕掛で畳の上を這ふ象の玩具はガリガリと厭な音を立てた。正三はわーと泣き出した。すると、兄姉達は面白がって一勢に笑った。母が叱ると、意地の悪い兄は薇を巻いたまま戸棚に収めた。象はガリガリ戸棚のなかで暴れた。(ガリガリガリと云ふ音は、その頃正三の齲歯を切り取った厭な機械の音に似てゐた。)

兄が石から火が出ると云って、手斧で花崗石を叩きつけた。その瞬間、彼の膚を冷やりとさす音と、石の粉と怪しい焔が飛んだ。何を思ってか兄は手斧の刃でギリギリギリと石を小擦り出した。正三は耳を掩って逃げた。

或る夜、兄が正三に便所の手洗鉢の側にある訳のわからない植物を指差して、「あそこは怖いぞお。」と脅した。その植物の葉には水がかかってゐて、繊細い月の光を受けてゐた。その茫とした光が目球のやうに正三には想へた。その頃から正三はやたらにものを怖がり出した。獅子の笛、あんまの笛、猫の眼、老婆のおはぐろ、街をつっ走る狂女、仏壇、押入れ、到るところに正三を脅しつけるものがゐた。

――正ちゃんは昨夜どんな夢をみたの。  と姉が訊ねた。

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