原 民喜
父が生んだ赤ん坊
広子は父が出て行くと毎日一人でアパートの六畳で暮した。お昼頃父が拵へて置いてくれた弁当を食べると、絵本などを見てゐるが、そのうちに段々淋しくなって耳を澄ます。すると隣りの部屋には夜半によく夢をみて怒鳴る怕い小父さんがゐるらしいのだが、ことりとも物音を立てないので何をしてゐるのか気味が悪くなる。と、それが直ぐにむかふに通じたのか、突然隣りの小父さんはへらへらと小声で笑ふのだ。……広子は一そう心細くなって、両手で顔を掩ふと畳の上に蹲んでしまふ。絵本で見たお化けが、その時ちらちらと目蓋の闇に現れて来るのだ。そのうちに父の靴音が廊下から段々近づいて来る。
――お父さん 広子は父の姿を見ると半分泣声で云ふ。
――おお、おとなしく待ってたね 父は広子の頭を一寸撫でる。
――お父さん、お父さんはまだ赤ちゃん生まないの?