井上 円了
失念術講義
客あり一日余を訪ふ談適※(二の字点、1-2-22)記憶術の如何に及ふ余曰く記憶術より一層有益なるものは失※[#「人がしら/二/心」、U+2B779、序言-3]術にして世未た其必要を唱ふるものあらずと客怪みて其故を問ふ余之に告くるに失※[#「人がしら/二/心」、U+2B779、序言-5]術の大要を以てす翌朝館友森昌憲氏に余か談する所を其儘筆記せしめ忽ち此に一册子を成す乃ち之を印刷して世の識者に問ふ
明治廿八年七月講述者誌[#改丁]
第一章 發端
近日世上に記憶術を發明せる二三の人士ありて新聞廣告上に其功能を吹聽せし以來圖らずも社會の一問題となり世人大に其事に注意し此術に依て一足飛に大學者大智者とならんことを願ふものあり然るに予は會て記憶術講義と題する書を世に公にし記憶術の何たる及ひ其利害得失の如何を論し併せて記憶術は世人の豫想するか如き効驗あるものに非ることを辨明し是に依て大學者大智者とならんことを願ふは宛も卜筮人相等の方術に依て一攫千金の富を得んことを望むと同一にして一種の迷心なることを論述せり然り而して記憶術の正反對たる失※[#「人がしら/二/心」、U+2B779、2-5]術即ち忘却術は記憶術其物より一層必要有益なるに世人更に其利益を説かざるは予の大に怪む所なり葢し世人は記憶の利を知りて失※[#「人がしら/二/心」、U+2B779、2-8]の用を知らさるによる此れ實に一を知りて二を知らさるの淺見にして恰も勞働の利を知りて眠息の用を知らさるの類なり眠息あるにあらされは勞働を續くること能はさるは自然の道理にして記憶も亦然り失※[#「人がしら/二/心」、U+2B779、3-2]ある