南部 修太郎
写真と思ひ出
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寫眞も、この頃は猫も杓子もやるといふ風な、はやり物になつて、それに趣味を持つなどゝいふのが變に當たり前過ぎる感じで、却て氣がひけるやうなことにさへなつてしまつた。が、いつだつたか、或る雜誌にのつてゐたゴシツプによると、文藝の士の余技の内玉突と寫眞とでは私が筆頭ださうだ。
無論、そんなことで筆頭などゝ認められても、格別嬉しくもないが、そも/\私が寫眞を初めたのは、十一二の時分のことで、年號にすれば、明治三十五六年、流行物どころかしろうとに寫眞など寫せるものではないといふやうな考へのある時代だつた。
ところで、どういふ譯で、そんな子供の私が寫眞などはじめるやうになつたかといへば、その頃私は、三宅克巳氏著の「少年寫眞術」なる一書を手に入れたのだ。それは、子供向きに寫眞の沿革から撮影、現像、燒付の法、それに簡單な暗箱の作り方までを説明してある。たしか博文館發行の少年理科叢書の一册だつたかと思ふ。それを讀むことによつて、私は寫眞に對する子供らしい好奇心と興味とを大に刺戟されたのであつた。