田山 花袋・田山 録弥
磯清水
一
二人はよく裏の松林の中を散歩した。そこにはいろいろな花が下草に雑つて刺繍でもしたやうに咲いてゐた。黄い小さな花、紫色をした龍胆に似た花、白く叢を成して咲いてゐる花、運が好いと、真紅な美しい撫子の一つ二つをその中から捜すことは出来た。波の音は地を撼すやうに絶えずきこえて来てゐた。下には海水浴をする人達のために構へられた旅舎が二軒も三軒も連つてゐるのが見えた。
『正夫さん! ほら……』
五六歩後れた袖子はかう言つてその後姿を此方に見せて歩いて行つてゐる正夫を呼んだ。正夫は振返つた。