田山 花袋・田山 録弥

海をわたる

一

長い間心に思つたT温泉はやつと近づいた。其処に行きさへすれば、あとは帰つたやうなものである。そこからFへは三里、その埠頭には海峡をわたる連絡船が朝に夜にちやんと旅客を待つてゐて、その甲板の上に乗つて居さへすれば、ひとり手にその身は向うへ運ばれて行くのである。W町からの乗合自動車の中でKはほつと呼吸をついた。

「明日の朝の連絡船では、ちよつと忙しいね」

一緒に長いこと伴れ立つて歩いて呉れた画家のSは、それを聞くと、一種の微笑を顔に浮べて、

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