田山 花袋・田山 録弥
地震の時
すさまじい光景だ。人が行く。荷馬車が行く。乗合自動車が行く。鈴生になつてゐる電車が行く。路も歪んでゐる。樹も曲つてゐる。空も三角になつて見える。何うしても立体派の絵画といふ気がした。私は草鞋穿きに脚絆といふ姿で二食の結飯を脊負つて、焼跡をそつちから此方へと歩いた。
自然の力は大きい。人間の拵へたものなどは何でもない。一応は誰でもさういふ気がするだらう? しかし夫は今の場合余りに抽象に過ぎる。さうは言ひたくない。それよりはむしろ、目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)つて、この自然と人間とのいまはしい交錯をじつと見詰めてゐたい。何うしてかういふいたましい光景があるかを見詰めてゐたい。
私はこの二三年、廃墟といふことを非常に考へた。人間の滅びて行くさま、栄華の破壊されて行くさま、人の心の空虚に帰して行くさま、さういふことに絶えず眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)つた。そしてその荒凉とした廃墟の中から再び新しい芽が出て行くさまを想像した。今、それが私の眼の前にある。夢でも空想でもなしに私の眼の前にある。この焼跡の中から萠え出して来る新しい芽を想像しながら私は灰燼の中を歩いた。
一番悲惨だと思つたのは、無論、被服廠の焼跡だが、大川の岸は概して凄じい光景を呈してゐた。さういふ人達に取つては、その川は実に生死の境であつたのである。その川が一筋白く横はつてゐるために、何うすることも出来なかつたのである。私は到るところに船が焼けてその上に二三人の避難者の黒焦げになつて焼死してゐるのを眼にした。