田山 花袋・田山 録弥

時子

一

Bはやつとひとりになつた。時計を見ると、もう十時である。ホテルの室の中には、いろ/\なものが散ばつて、かなりに明るい電気が卓の上に、椅子の上に、またその向うにある白いベツトの上に一杯にその光線を漲らしてゐる。今まで間断なしに客が出入して、低い声音だの、高い哄笑だの、面白さうな笑声などがその一室に巴渦を巻いてゐたが――疲れ果てたやうな、早くさういふ人達から自由になりたいといふやうな、やゝ蒼白いBの顔がくつきりとその明るい光線の中に浮び出して居たが、本社からつけられた随員であり案内者であるSが、「しかし、もう、お疲れでせう。何しろ、昨夜も夜行で碌にお休みにはなれないところに、すぐつゞいてこの客ですから――もうお休みになる方が好いでせう」と言つて、まだ話したさうにしてゐた二三人の客を伴れて起ち上つた時には、Bは始めてほつとした。Bは思はず溜息をついた。

Sは暇を告げながら、

「それでは明日はゆつくり上つて好いですね? 僕はちよつと私用もありますししますから」

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