田山 花袋・田山 録弥
夏
K君
富士見からK君がやつて来て、いろいろな話をした。近年になつて、山にやつて来るものが非常に多くなつたといふこと、何でも百人位は今でもゐるといふこと、さういふ人達はあの停車場前の旅舎や、たのんで置いて貰つたしろうと屋や、その他農家の一間にまで入り込んで行つてゐるといふこと、設備がないから軽井沢のやうには急には行くまいけれど次第に、避暑地としての価値が認められて来ることを尽きずに話した。私の行つた時のことなどが、一つ一つ思ひ出されて来た。
山の桔梗
山の見事な草花が一番先きに私の頭に上つて来た松虫草、女郎花、われもかう、刈萱、ことに桔梗の濃い紫は何とも言はれなかつた。私はよくそれを取つて来て、正宗の空罎の中にさして、机の上に置いた。『きちかうの花のゆかりの色に出て、妹をぞ思ふ山にしをれば』かうした歌を絵葉書に書いた時のことなども思ひ出されて来た。