薄田 泣菫
価
大阪に大国柏斎といふ釜師の老人が居る。若い彫塑家大国貞蔵氏の父で、釜師としての伎倆は、まづ当代独歩といつて差支へあるまい。伎倆のすぐれてゐる割合に、その名前があまり世間に聞えてゐないのを惜しがつた知合の誰彼が、
『大阪にくすぶつてゐたのではしようがあるまい。いつそ思ひきつて東京へ出てみたらどうだらう。名前を売るには便宜が多からうと思ふが……』
といつて、勧めたことがあつた。すると、柏斎は鉱気くさい手のひらで一度ゆつくりと顔を撫でおろした。
『それは私も知るには知つてゐる。だが、長いこと住んでみると、大阪の土地にもまたいいところがあつてね……』