田山 花袋・田山 録弥
船路
大華表の下には既に舟の支度で出来て、真中の四布蒲団の上に、芝居で使ふやうな小さな角な火鉢が置かれてあるのをかれは目にした。
それは最早夕暮に近かつた。向うの長い丘には、まだ夕日の影が微かにさし残つてはゐたけれども、冬の日脚の短かさ、それも忽ち消えてなくなつて了ふであらうと思はれた。かれは急いで船に飛び乗りながら、
『日のある中に、潮来までは行けるかね?』
『さうですな。』まだ比較的若い船頭は、船尾のところで徐かに綱を解いてゐたが、仰ぎ見るやうにして、『何しろもうお天道さまがあんなところにゐますからな。暮れますな? 何うしても……』