田山 花袋・田山 録弥
百合子
一
百合子は雪解のあとのわるい路を拾ひながら、徐かに墓地から寺の門の方へと出て来た。
もしそこに誰かゞゐたならば、若い娘の低頭き勝に歩を運んでゐるのを見たばかりではなく、思ふさま泣いて泣いて泣腫らした眼と、いくらか腫れぼつたくなつてゐる眼頭と、乱れ勝になつてゐる髪とを見たであらう。また大きな牡丹の模様の出た腹合せの帯に午後の日影の線をなしてさしてゐるのを見たであらう。そしてどこの娘だらう? ここ等にはあまり見かけない娘だがと首を捻つたであらう。かの女がここに来たのは、今から一時間も前であるが、その時にも線香に火をつけてやりながら寺の上さんは、※(始め二重括弧、1-2-54)野上さんの墓をお詣りに来たにしてはどこの娘かしら? あんな娘が親類にあるといふ事は聞いたことがないのに――※(終わり二重括弧、1-2-55)かう言つて不思議さうにじつとその後姿を見送つた。
その野上の墓といふのは、墓地の入口から、秋は木槿などの紅く白く咲く傍を通つて、ずつと奥深く進んで行つたところにあるのであるが――周囲を花崗石の塀で囲まれて、大きなまたは古く苔蒸した石塔が五つも六つも並んで立つてゐるのが外からも見えるやうになつてゐるのであるが、その新しいひとつの墓の前に手を合せて、今は人目も憚らないといふやうにして、彼女は泣いて泣いて泣き尽したのであつた。しかし幸にもこの残雪の泥濘の路を墓参にやつてくるものもなく、あたりはしんとして、唯欷歔の声のみが何物にもさまたげられずに微かに野に近い空気に雑り合つた。