田山 花袋・田山 録弥
路傍の小草
一
春の休みに故郷に帰つて来てゐる大学生のNのゐる室は、母屋からはずつと離れたところにあつた。かれはそこで毎朝早く眼覚めた。野には雲雀が揚つてゐる。茫つとあたりは霞んでゐる。隣の垣の花が朝日の光のまだ当らない空に模様か何ぞのやうになつて見えてゐる。小径の草には露がしとゞに置きあまつた。
かれはいつもきまつてその小径を通つて、裏門のかき金を外して野の方へと出て行つた。草に雑つて微かに匂つてゐるすみれや、田や畔に一杯に咲いてゐるげんげや、緑の中に白くかたまつてゐる馬こやしなどがやがてかれの前に現はれ出した。
かれはをりをり立留つて大きく呼吸した。