田山 花袋・田山 録弥
アカシヤの花
一
たしか長春ホテルであつたと思ふ。私はその女の話をBから聞いた。しかし、それはその女を主としての話ではなしに、その長春の事務所長をしてゐるS氏の話が出た時に、Bは画家らしいのんきな調子で、莞爾と笑ひながら言つたのであつた。「君、Sさんは、あゝいふ風に堅い顔をしてゐるけれどもね。あれで中々隅に置けないんですよ」
「さうかね?」かう言つた私には、五十近い、それでゐて非常に若くつくつてゐる、頭髪を綺麗にわけたS氏の顔が浮んだ。
「つい、此間まで、大連の本社で庶務課長をしてゐたんだがね?」