薄田 泣菫
質屋の通帳
京都に住んでゐた頃、たしか花時の事だつたと思ひます。私が縁端でぼんやり日向ぼつこをしてゐると、女中が来客の名刺を取次いで来ました。名刺にはK――とありました。K氏は私には初めての客でしたが、友人H氏の弟子筋にあたる人で、その頃新進作家として一寸売出してゐました。
K氏は座敷に入つて来ました。細面の色の白い、言葉数の至つて少さうな人でした。初対面の挨拶をしました後は、暫くは接穂がなささうに黙つてもじもじしてゐましたが、やがて言ひにくさうにこんなことを言ひました。
「初めて伺つて、失礼な事を申すやうですが、お宅には質屋の通帳がおありでせうか。」
「質屋の通帳?」私は自分の耳を疑ふやうに客の顔を見ました。