薄田 泣菫
酒
少し前の事だが、Kといふ若い法学士が夜更けて或料理屋の門を出た。酒好きな上に酒よりも好きな妓を相手に夕方から夜半過ぎまで立続けに呷飲りつけたので、大分酔つ払つてゐた。
街灯の灯も点つてゐない真ツ暗がりに、Kは自分の鼻先に脊のひよろ高い男が立塞がつてゐるのを見たので、酔つ払がよくするやうにKは丁寧に帽子を取つてお辞儀をしたが、相手は会釈一つしないのでKは少し※(「弗+色」、第3水準1-90-60)然とした。
「さあ、退いた/\。成り立の法学士様のお通りだぞ。」
Kはとろんこの眼を見据ゑて怒鳴るやうに言つたが、相手は一寸も身動きしようとしなかつた。