小林 多喜二

不在地主

この一篇を、「新農民読本」として全国津々浦々の「小作人」と「貧農」に捧げる。「荒木又右衛門」や「鳴門秘帖」でも読むような積りで、仕事の合間合間に寝ころびながら読んでほしい。

一

「ドンドン、ドン」

泥壁には地図のように割目が入っていて、倚りかかると、ボロボロこぼれ落ちた。――由三は半分泣きながら、ランプのホヤを磨きにかかった。ホヤの端を掌で抑えて、ハアーと息を吹き込んでやると、煙のように曇った。それから新聞紙を円めて、中を磨いた。何度もそれを繰返すと、石油臭い匂いが何時迄も手に残った。

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