森 鴎外・森 林太郎

翻訳に就いて

翻譯上の謬見

此本に是非翻譯に就いて何か書いてくれと云ふことである。予を翻譯者の中の主な一人だと思つてゐるものと見える。さうかと思ふと、一方には予の翻譯は殆皆誤譯だとして、予に全く翻譯の能力がなく、予の翻譯に全く價値がないと言ひ觸らしてゐるものもある。

近頃は翻譯書と云ふ翻譯書を予の家に持ち込んで、序文を書かせることが流行る。何の縁故もない人が皆持ち込んで來るのである。中には衆愚がお前の序文に信頼するから不本意ながら書かせるのだと明言する人もある。又文字や假名遣を一々世間並の誤字、假名遣に改めた上で載せる人もある。或は想ふに此種の序文注文人と彼誤譯指※(「てへん+二点しんにょうの適」、第4水準2-13-57)者とは同一人であることもありさうである。

予の翻譯の疵病として指※(「てへん+二点しんにょうの適」、第4水準2-13-57)してある箇條を見るに、なる程と頷かれることは極て希である。小説脚本の翻譯は博言學的研究とは違ふ。一字一字に譯して、それを排列したからと云つて、それで能事畢ると云ふわけではない。故らに足した語を原文にないと云つて難じたり、わざと除いた語を原文にあると云つて責めたりしても、こつちでは痛癢を感じない。

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