久米 正雄
父の死
一
私の父は私が八歳の春に死んだ。しかも自殺して死んだ。
二
その年の春は、いつもの信州に似げない暖かい早春であつた。私共の住んでゐた上田の町裾を洗つてゐる千曲川の河原には、小石の間から河原蓬がする/\と芽を出し初めて、町の空を穏かな曲線で画つてゐる太郎山は、もう紫に煙りかけてゐた。晴れた日が幾日も続いて乾いた春であつた。雪解時にもかゝはらず清水は減つて、上田橋の袂にある水量測定器の白く塗られた杭には、からびた冬の芥がへばりついてゐた。ともすると浅間の煙りが曲つてなびき、光つた風が地平を払つて、此小さい街々にあるかない春の塵をあげた。再び云ふがそれは乾いた春であつた。