正岡 容

落語家温泉録

一

冒頭から自分のことを云ひだして恐縮であるが、拙作のなかで先づ/\そこばくの評判を克ち得たものは「寄席」と「円朝」とだらうが、近世話術文化の花であり、最高峰だつた三遊亭円朝は、落語家のなかでの温泉好きで、その著作中、温泉に取材したものには「熱海土産温泉利書」と「敵討霞初島」とが熱海であり、「霧陰伊香保湯煙」と「後開榛名梅ヶ香」「安中草三郎」が伊香保、モーパッサンの「父殺し」を翻案した「名人長二」が湯河原であるが、例の「塩原多助」をかくときにはその出産地たる上州沼田へ実地踏査に赴き、奥日光から沼田へでる途中の、小川と云ふ温泉の、川原の野天風呂に浴したら、さも快よささうに蛇が一しよに温泉につかつてゐたので吃驚して湯から飛上がつたと云ふエピソードさへあり、

穴に入る仕度か蛇の這廻り

此が、そのときの円朝の即興である。

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