蒲 松齢

連城

喬は晋寧の人で、少年の時から才子だといわれていた。年が二十あまりのころ、心の底を見せてあっていた友人があった。それは顧という友人であったが、その顧が没くなった時、妻子の面倒を見てやったので、邑宰がひどく感心して文章を寄せて交際を求めて来た。そして二人が交際しているうちに、その邑宰が没くなったが、家に貯蓄がないので家族達は故郷へ婦ることができなかった。喬は家産を傾けて費用を弁じ、顧の家族と共に顧の柩を送っていって、二千余里の路を往復したので、心ある人はますますそれを重んじたが、しかし、家はそれがために日に日に衰えていった。

その時史孝廉という者があって一人の女を持っていた。女は幼な名を連城といっていた。刺繍が上手で学問もあった。父の孝廉はひどくそれを愛した。連城の刺繍した女の刺繍に倦んでいる図を出して、それを題にして少年達に詩をつくらした。孝廉はその詩によって婿を択ぼうとしていた。喬もそれに応じて詩をつくって出した。

その詩は、

慵鬟高髻緑婆娑

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