菊池 寛
恩を返す話
寛永十四年の夏は、九州一円に近年にない旱炎な日が続いた。その上にまた、夏が終りに近づいた頃、来る日も来る日も、西の空に落つる夕日が真紅の色に燃え立って、人心に不安な期待を、植えつけた。
九月に入ると、肥州温泉ヶ嶽が、数日にわたって鳴動した。頂上の噴火口に投げ込まれた切支丹宗徒の怨念のなす業だという流言が、肥筑の人々を慄れしめた。
凶兆はなお続いた。十月の半ばになったある朝、人々は、庭前の梅や桜が時ならぬ蕾を持っているのを見た。
十月の終りになって、これらの不安や恐怖のクライマックスがついに到来した。それは、いうまでもなく島原の切支丹宗徒の蜂起である。