片山 広子

子供の言葉

五月五日「こどもの日」の新聞に「子供からドロ棒へ」といふ文が出てゐた。

「このごろぼく達の学級会でとり上げた問題ですが、いくら討議しても先生にお願いしてもムダなので、世の中の人、特にドロ棒する人に訴へたいと思ひます、それは最近一ヶ月ぐらいの間にぼく達の学校のプールの廻りの排水ミゾの鉄フタが全部の三分の一ぐらい盗まれました、このままでは夏にはみんな盗まれてしまいます、一番楽しみな水泳もできなくなるのではないかと心配です。宿直の先生は夜もねずに巡視しているそうです、ドロ棒も二度捕えたそうですが被害はあとを絶ちません。

「こどもの日」を迎へて、お金をかけて色々なことをしていただくよりも、日本中の人達が子供の物をうばうやうなことを一切やめていただけば、それだけでもぼく達は幸福です、大人の方は小学校や小学校の物はみんな自分の子供の物であると考へて下さい。ぼく達の学校六百人の子供のお願いです。(港区竹芝小学校六年 ○○○○)

 子供らしい率直な言葉で、世の中の大人のだれが読んでも、どうかその鉄フタが盗まれないやうに、生徒さんたちの楽しみにしてゐる水泳が無事に出来ますやうにと祈らずにはゐられない。しかし、さて、ドロ棒がこの文を読むかどうかといふ段になると、鉄クヅを盗むかれらはおそらくこの文を読まないだらうと考へられる。また聞きで私が聞いたところでは、自由労働者たちが一日二百円あるひは二百五十円位の賃金で道路の掃除をしたり焼跡を片づけたりする、さういふ時にその辺に落ちてゐるクヅ鉄を拾つてこれをクヅ鉄買入れの店に持つてゆけば、一日平均三百円ぐらゐのお金に売れるといふ話である。さうすると一ヶ

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