淡島 寒月
梵雲庵漫録
幼い頃の朧ろげな記憶の糸を辿って行くと、江戸の末期から明治の初年へかけて、物売や見世物の中には随分面白い異ったものがあった。私はそれらを順序なく話して見ようと思う。
一
まず第一に挙げたいのは、花見時の上野に好く見掛けたホニホロである。これは唐人の姿をした男が、腰に張子で作った馬の首だけを括り付け、それに跨ったような格好で鞭で尻を叩く真似をしながら、彼方此方と駆け廻る。それを少し離れた処で柄の付いた八角形の眼鏡の、凸レンズが七個に区画されたので覗くと、七人のそうした姿の男が縦横に馳せ廻るように見えて、子供心にもちょっと恐ろしいような感じがしたのを覚えている。
その頃の上野には御承知の黒門があって、そこから内へは一切物売を厳禁していたから、元の雁鍋の辺から、どんどんと称していた三枚橋まで、物売がずっと店を出していたものだったが、その中で残っているのは菜の花の上に作り物の蝶々を飛ばせるようにした蝶々売りと、一寸か二寸四方位な小さな凧へ、すが糸で糸目を長く付けた凧売りとだけだ。この凧はもと、木挽町の家主で兵三郎という男が拵らえ出したもので、そんな小さいものだけに、骨も竹も折れやすいところから、紙で巻くようにしていわゆる巻骨ということも、その男が工夫した事だという。