岡本 綺堂

かたき討雑感

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わが国古来のいわゆる「かたき討」とか、「仇討」とかいうものは、勿論それが復讎を意味するのではあるが、単に復讎の目的を達しただけでは、かたき討とも仇討とも認められない。その手段として我が手ずから相手を殺さなければならない。他人の手をかりて相手をほろぼし、あるいは他の手段を以て相手を破滅させたのでは、完全なるかたき討や仇討とはいわれない。真向正面から相手を屠らずして、他の手段方法によって相手をほろぼすものは寧ろ卑怯として卑められるのである。

これは我が国風でもあり、第一には武士道の感化でもあろうが、それだけに我がかたき討なるものが甚だ単調になるのは已むを得ない。なにしろ復讎の手段がただ一つしかないとなれば、それが単調となり、惹いて平凡浅薄となるのも自然の結果である。我がかたき討に深刻味を欠くのはそれがためであろう。かたき討といえば、どこかで相手をさがし出して、なんでも構わずに叩っ斬ってしまえばいい。ただそれだけのことが眼目では、今日の人間の興味を惹きそうもないように思われるので、わたしは今まで仇討の芝居というものを書いたことがなかった。

この頃、この『歌舞伎』の誌上で拝見すると、木村錦花氏は大いにこのかたき討について研究していられるらしい。どうか在来の単調を破るような新しい題材を発見されることを望むのである。

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