岡本 綺堂

叔父と甥と

大正九年十月九日、甥の石丸英一逝く。この夜はあたかも嫩会の若き人々わが家にあつまりて劇談会を催す例会の夕なりしかば、通知するまでもなく皆々来りあつまる。近親の人々もあつまりて回向す。英一は画家として世に立つべき志あり。ことしの春に中学を卒えたれば、あくる年の春には美術学校の入学試験をうけんといい、その準備のために川端画学校に通いいたるに、かりそめの感冒が大いなる禍の根を作りて、夏の盛りを三月あまりも病み臥して、秋闌ならんとする頃に遂に空しくなりぬ。今更ならねど、若き者の世を去るは一入悲しきが常なり。殊に姉の児とはいいながら、七歳の頃よりわが手許にありたるものが、今やたちまちに消えてゆく。取残されたる叔父の悲み、なかなかにいい尽すべくもあらず。小林蹴月君も訃音におどろかされて駈け付け、左の短尺を霊前に供えられる。

今頃は三途の秋のスケッチか  蹴月

書きさしの墨絵の月やきり/″\す   同

露ほろり茶の花ほろり零れけり   同

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