内田 魯庵

最後の大杉

一

大杉とは親友という関係じゃない。が、最後の一と月を同じ番地で暮したのは何かの因縁であろう。大杉が初めて来たのは赤旗事件の監房生活から出獄して間もなくだった。淀橋へ移転してから家が近くなったので頻繁に来た。思想上の話もしたし、社会主義の話もしたが、肝胆相照らしたというわけでもないから多くは文壇や世間の噂ばなしだった。

大杉は興味がかなり広くて話題にも富んでいた。近年ファーブルのものを頻りに飜訳していたが、この種の文学的乃至学術的興味を早くから持っていて、主義者肌よりはむしろ文人肌であった。小説も好きなら芝居も好き、性的研究などにも興味を持って、性的研究に率先した小倉清三郎の「相対」の会などにも毎次出席して、能く「相対」の会の噂をした。

百人町を移転してから家が遠くなったので自然足が遠のいた。如之ならず、神近や野枝さんとの自由恋愛を大杉自身の口から早く聞かされたが、常から放縦な恋愛を顰蹙する自分は大杉のかなりに打明けた正直な告白に苦虫を潰さないまでも余り同感しなかったのを気拙く思ったと見えて、家が遠くなると同時に足が遠のいてしまった。日蔭の茶屋の事件があった時、早速見舞の手紙を送ると直ぐ自筆の返事を遣したが、事件が落着してもそれぎり会わなかった。それから程経って野枝さんと二人で銀座をブラブラしている処へ偶然邂逅し、十五分ばかり立話しをした事があったが、それ以来最近の数年間はただ新聞で噂を聞くだけであった。

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