高浜 虚子
椿子物語
上
私は鎌倉の俳小屋の椅子に腰をかけて庭を眺めてゐた。
俳小屋といふのは私の書斎の名前である。もとは子供の部屋であつて、小諸に疎開して居る時分は物置になつてゐて、ろくに掃除もせず、乱雑に物を置いたまゝになつてゐた。三年越しに小諸から帰つて来た時に、そこを片附けて机を置いて仮りの書斎とした。積んであるものは俳書ばかりで、それが乱雑に置いてあり、その他には俳句に関する反古が又山と積み重ねてある。私は小諸でも自分の書斎にしてゐる処を俳小屋と呼んでゐたが、矢張りこゝも同じ名称で呼ぶことにした。
俳小屋の前の庭も矢張り乱雑にいろんな草木があるのである。それも特別に植ゑたといふものは少ないのであつて、四十年間此処に住つてゐる間に、風が運んで来た種子とか、小鳥が糞と共に落して行つた種子とかいふものが自然に生えて、狭い庭のわりには草木の多い方である。植木屋に言はしたら、まつたく型をなさない乱雑な庭といふであらう。併し多年見馴れた目には、その一草一木にも何かと思ひ出があつて棄て難いものがあるのである。殊に椿の木が多く、それが赤い花をつけてゐるのが目を惹くのである。