永井 荷風

葛飾土産

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菅野に移り住んでわたくしは早くも二度目の春に逢おうとしている。わたくしは今心待ちに梅の蕾の綻びるのを待っているのだ。

去年の春、初めて人家の庭、また農家の垣に梅花の咲いているのを見て喜んだのは、わたくしの身に取っては全く予想の外にあったが故である。戦災の後、東京からさして遠くもない市川の町の附近に、むかしの向嶋を思出させるような好風景の残っていたのを知ったのは、全く思い掛けない仕合せであった。

わたくしは近年市街と化した多摩川沿岸、また荒川沿岸の光景から推察して、江戸川東岸の郊外も、大方樹木は乱伐せられ、草は踏みにじられ、田や畠も兵器の製造場になったものとばかり思込んでいたのであるが、来て見ると、まだそれほどには荒らされていない処が残っていた。心して尋ね歩めばむかしのままなる日本固有の風景に接して、伝統的なる感興を催すことが出来ないでもない。

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