永井 荷風
西瓜
持てあます西瓜ひとつやひとり者
これはわたくしの駄句である。郊外に隠棲している友人が或年の夏小包郵便に托して大きな西瓜を一個饋ってくれたことがあった。その仕末にこまって、わたくしはこれを眺めながら覚えず口ずさんだのである。
わたくしは子供のころ、西瓜や真桑瓜のたぐいを食うことを堅く禁じられていたので、大方そのせいでもあるか、成人の後に至っても瓜の匂を好まないため、漬物にしても白瓜はたべるが、胡瓜は口にしない。西瓜は奈良漬にした鶏卵くらいの大きさのものを味うばかりである。奈良漬にすると瓜特有の青くさい匂がなくなるからである。
明治十二、三年のころ、虎列拉病が両三度にわたって東京の町のすみずみまで蔓衍したことがあった。路頭に斃れ死するものの少くなかった話を聞いた事がある。しかしわたくしが西瓜や真桑瓜を食うことを禁じられていたのは、恐るべき伝染病のためばかりではない。わたくしの家では瓜類の中で、かの二種を下賤な食物としてこれを禁じていたのである。魚類では鯖、青刀魚、鰯の如き青ざかな、菓子のたぐいでは殊に心太を嫌って子供には食べさせなかった。