石川 啄木
閑天地
(一)
(「閑天地」は実に閑天地なり。野※(「蜩のつくり+鳥」、第3水準1-94-62)の※雲[#「轍」の「車」に代えて「木」、U+3BD9、55-上-3]に舞ひ、黄牛の草に眠るが如し。又春光野に流れて鳥初めて歌ひ、暮風清蔭に湧いて蜩の声を作すが如し。未だ許さず、生きんが為めにのみ生き、行かんがためにのみ行くが如き人の、この悠々の世界に入るを。啄木、永く都塵に埋もれて、旦暮身世の怱忙に追はれ、意ならずして故郷の風色にそむくうちに、身は塵臭に染み、吟心また労をおぼえぬ。乃ち茲に暫らく閑天地を求めて、心頭に雲を放ち、胸底に清風を蔵し、高眠安臥、興を暮天の鐘にさぐり、思を緑蔭の流光に托し、風鈴に和して吟じ、雨声を友として語り、この夏中百日を暢心静居の界に遊ばんとす。我がなつかしき故山の読者よ、卿等若し胸に一点の閑境地ありて、忙中なほ且つ花を花と見、鳥を鳥と聴くの心あらば、来つてこの埒もなき閑天地に我みちのくの流人と語るの風流をいなむ勿れ。記してこの漫録百題のはしがきとす。)
(二) 落人ごゝろ
このたびの我が旅故郷の閑古鳥聴かんがためとも人に云ひぬ。塵ばみたる都の若葉忙しさ限りもなき陋巷の住居に倦み果てゝとも云ひぬ。何はともあれ、素袷さむき暁の風に送られて鉄車一路の旅、云ひがたき思を載せたるまゝに、小雨ふる仙台につきたるは五月廿日の黄昏時なりしが、たゞフラ/\と都門を出で来し身の、もとより心さへ身さへ定まらぬみちのくの放浪児、古への宮城野の跡の、目もはるなる眺め仲々に捨てがたく、若葉衣の袖かろく心もすが/\なるに、たへがたき思ひする身も聊かはなぐさみて、さつき晴なる折々は広瀬川の畔に