中井 正一

蓄音器の針

何の針をとって見てもヴィクターのソフトはヴィクターのソフトだ。針は現にひとつひとつ違っているんだがやはりヴィクターのソフトだ。どのひとつひとつもが一つの「型」にしかすぎない。

「型」の出現は一応販売あるいは組織から要求されてきたことである。

今人間もようやく政策あるいは就職の形式をもって、道具化商品化しつつある。すなわち「型」可能形の中にはめられつつある。

これまでの哲学では人間は最後の個別的現実であって、そこから新たな可能性、独創性、発明が生まれるところの測られざる未来を生み出す杭のように考えられてきた。そこに研究の自由の意味も拠ることができたのである。大学とはそこで個別性の最後の拠処でもあったのである。

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