長谷川 時雨

旧聞日本橋

この章にうつろうとして、あんぽんたんはあまりあんぽんたんであった事を残念に思う。ここに書こうとする事は、私の幼時の記憶と、おぼろげに聞き噛っていただけの話ではちと荷がかちすぎる。

私はまことに呑気な、ぽかんとした顔をしているが、私というものが生をこの世にうける前は江戸が甦生し、新たに生れた東京という都が、総てに新生の姿をとって漸く腰がすわったところであった。いたるところに文明開化という言葉がもちいられた。チョン髷がとれて、腰の刀が廃された位の相違ではない。一般庶民が王侯と肩をならべられるようになったのだ。これはなんという急激な改革だかしれない。昨日まで土下座の身分の者が、ともかく同等の権利を認められようというのだ。そして憲法は発布され、国会も開設されようというのだ。

そしてそこには幾多の衝突と犠牲があった。幕末からかけて五、六十年間、尊い血潮が流され、有為の士の多くが倒れている。その最後が佐賀の乱、西南の役であるが、自由党の頭初といい倒幕維新の大きな渦の中にはフランスコンミュンの影もかなり濃かったのではなかろうか、時代の流れ、思潮の渦は、この島国の首都をも捲きこんだのであった。

私はなんでそんなむずかしいことを言いだしたかというと、「娼妓解放令」についていいたかったからだが、あんぽんたんはそれを聞いておくにはあまり幼稚すぎた。いま私が語ろうとする、おぼろげながら私の頭に残る二人の男は、その当時での当世男であると思うが、いつでもきける話だと思っていた油断が父が死んでしまったので、私の記憶はただ外形だけのものとなってしまった。その一人を通称金兵衛さんといった松本秀造という人と、秀造

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