喜田 貞吉

「あばた」も「えくぼ」、「えくぼ」も「あばた」

惚れた目から見れば痘痕も笑窪に見えるという諺があるが、反対に、いやと思う眼から観れば笑窪も時に痘痕に見えようというもの。余輩が昨年〔(昭和一〇年)〕癌腫保持者たるの宣告を受けて、懇意な人の中には手術をすすめてくれる者もあったが、多数は反対の意見に傾いて、「何分お年がお年だから、それに心臓も丈夫でないようだから」などと、医者からまでも非観説を[#「非観説を」はママ]聞かされてみると、自分もつい臆病になって来る。見舞客から親切に知らせてくれる幾多の先例、自身の記憶から考えてみる若干の見聞、とかく手術の結果のよくなかったもののみがしきりにあらわれて来る。念のために医学者の発表した癌に関する文献などをあさってみても、とかく悲観的のもののみが多く頭に映って来る。結局はあらゆる方法をつくして病勢昂進阻止の手段を取り、そのうえは天命にまかすよりほかなしと覚悟を極めたのであった。しかるにたまたま順天堂八代〔(豊雄)〕博士の自信にみちた勧告によって、その神技に依頼して患部を除去して貰ってみると、思いのほかにその結果がよくて、爾来約十一ヵ月の今日まだ少しも再発の徴候もなく、ともかくもこうして万年筆を走らす身となっているのである。そうなると奇態なもので、今度は手術の結果の善かった実例が盛んに集まって来る。自身書を寄せてその根治の体験を知らせてくださる親切な人もある。そんなに良い成績を挙げた先例がたくさんあることに前から気がついていたのだったなら、自分はなんら顧慮することなく手術をして貰うのだったのにと思ったことだった。

痘痕も笑窪に見えるとはここのことだ。色眼鏡をかけて見ればすべてのものがその色にう

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