菊池 寛
船医の立場
一
晩春の伊豆半島は、所々に遅桜が咲き残り、山懐の段々畑に、菜の花が黄色く、夏の近づいたのを示して、日に日に潮が青味を帯びてくる相模灘が縹渺と霞んで、白雲に紛れぬ濃い煙を吐く大島が、水天の際に模糊として横たわっているのさえ、のどかに見えた。
が、そうした風光のうちを、熱海から伊東へ辿る二人の若い武士は、二人とも病犬か何かのように険しい、憔悴した顔をしていた。
二人は、頭を大束の野郎に結っていた。一人は五尺一、二寸の小男だった。顔中に薄い痘痕があったが、目は細く光って眦が上り、鼻梁が高く通って、精悍な気象を示したが、そのげっそりと下殺げした頬に、じりじり生えている髭が、この男の風采を淋しいものにした。一人は色の黒い眉の太い立派な体格の男だったが、憔悴していることは前者と異らない。