吉田 絃二郎

八月の霧島

夜の汽車から浪に映る宮島の燭を見ようと思つてゐたが、旅の疲れですつかり眠つてしまつて、眼がさめたころは夜はすでに明けてゐた。中国特有の低い砂山の松の間には赤い百合の花が咲いてゐた。芒の穂につつまれた磯の、広い塩田には朝の露が重く、まだ人の影一つ見えなかつた。

静かな朝の入り江は、低い砂山をめぐつてさらに眠りからさめたばかりの静かな入り江へとつづいた。潮に沿うて露重げに夾竹桃が咲いてゐた。

島の影が光り、海の色が磨き上げられたやうにかがやきはじめたころは汽車の窓からは下ノ関の山が見えた。

わたくしたちはステーション前の俥を雇つて壇の浦見物に出かけることにした。ステーションの前にも、波止場にも、市場にも白い服の朝鮮人たちが群をなして立つてゐた。真夏の日がぎらぎらとかがやいてゐた。殊に藁履のやうなものを穿いた朝鮮の女が、その夫らしい逞しい男の後ろから異邦人の間を、小胯で急ぎ足に歩いてゆく姿は旅人の心を惹きつけた。

青空文庫の作品カード