神西 清
少年
プロロオグ
私はよく夢をみる。楽しい夢よりも、苦しい――胸ぐるしい夢の方がずつと多い。さめたあとで、ほとんど全経過をたどり直せるほど、はつきり覚えてゐる夢もある。さめた直後は、思ひ出す手がかりすら見失はれて、それなり忘れてゐたのが、かなり後になつて何のきつかけもなしに、ぱつと記憶に照らし出される夢もある。後者には概して楽しい夢が多いやうだ。
同じ主題がしばしば繰り返されるのは、苦しい夢の場合に多い。その主題の立ち返りは、ほとんど一定の周期をなしてゐるやうにさへ思はれる。なかでも一ばん頻繁にあらはれるのは、胸ぐるしい夢で、その堪へられぬほどの圧迫感、むしろ窒息感をかもしだす情景は、私の場合は何よりもまづ、船室の棚床のなかに仰向けに横たはつてゐるうちに、上の棚がだんだん降りてきて、つひに一寸の隙間もなく圧しかかつてしまふのである。私はもう死ぬと思ふ。それなら一刻も早く死なしてもらひたいと思ふ。だが、もう呼吸する空気は尽きてゐるのに、私は死ねない。その苦悶の絶頂で、私はやつと目をさます。この船室の棚床には、勿論いろんなヴァリエーションがある。トランク詰めにされたり、突然お棺の中で気がついたりする。しかし一ばん多く出てくるのは棚床なので、私はこれが原初の形態であることを、久しい前から承認してゐる。
棚床に寝た経験は、思ひだせば幾らもある。汽車の寝台もさうだし、青函連絡船や関釜連絡船もさうである。だがさういふものに私が寝たのは、かなり成長してからのことで、その時すでに私の内部感覚には、事前に体験された形で圧迫感や恐怖感が横たはつてゐた。それは現在なほ尾を引いてゐて、この年になつても私は、