和辻 哲郎

生きること作ること

一

私は近ごろ、「やっとわかった」という心持ちにしばしば襲われる。対象はたいていこれまで知り抜いたつもりでいた古なじみのことに過ぎない。しかしそれが突然新しい姿になって、活き活きと私に迫って来る。私は時にいくらかの誇張をもって、絶望的な眼を過去に投げ、一体これまでに自分は何を知っていたのだとさえ思う。

たとえば私は affectation のいやなことを昔から感じている。その点では自他の作物に対してかなり神経質であった。特に自分の行為や感情についてはその警戒を怠らないつもりであった。しかるにある日突然私は眼が開いた気持ちになる。そして自分の人間と作物との内に多分の醜い affectation を認める。私はこれまで何ゆえにそれに気がつかなかったかを自分ながら不思議に、また腹立たしく思う。affectation が何であるか、それがどういう悪い根から生いでて来るか、それはまるきりわかっていなかったのである。何というばかだ、と私は思わないではいられない。

そういう時には自分の悪いことばかりが眼につく。自分の理解を疑う心が激しく沸き立つ。「人生を見る眼が鈍く浅い。安価な自覚でよい心持ちになっている。自分で自分を甘やかすのだ。」こう自分で自分を罵る。そして自分の人格の惨めさに息の詰まるような痛みを感ずる。

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